世界遺産を探して〜南ドイツの世界遺産旅行ガイド

世界遺産を探して〜南ドイツの世界遺産旅行ガイド
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 こちらのサイトでは、ドイツの世界遺産をご紹介しています。特に南ドイツの世界遺産に焦点を当て、ドイツ旅行にも役立つ知識を掲載していきたいと考えておりますので是非ともご覧ください。ヨーロッパ最大の工業国として知られるドイツ連邦共和国。最近では日本人サッカー選手がドイツ:ブンデスリーガで活躍していますが、いったいどんな国なのでしょうか。個別の世界遺産について紹介する前に、まずはドイツという国の実像に少
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 こちらのサイトでは、ドイツの世界遺産をご紹介しています。特に南ドイツの世界遺産に焦点を当て、ドイツ旅行にも役立つ知識を掲載していきたいと考えておりますので是非ともご覧ください。ヨーロッパ最大の工業国として知られるドイツ連邦共和国。最近では日本人サッカー選手がドイツ:ブンデスリーガで活躍していますが、いったいどんな国なのでしょうか。個別の世界遺産について紹介する前に、まずはドイツという国の実像に少しでも近づくための基本的な知識をお伝えしたいと思います。


◎南ドイツの地理

 ひとくちに南ドイツと言っても、分かりづらいかもしれません。当サイトでは、バーデン=ビュルテンベルク、バイエルン、ザールラント、ラインラント=ファルツの各州を南ドイツと定義しており、こちらのページでは以上の地域に関する情報を中心に扱っていく予定です。


1.バーデン=ビュルテンベルク州

 南西の端に位置する州であり、スイスやフランスに隣接しています。州都はシュトゥットガルトであり、公用語はドイツ語とアレマン語。ドイツ統一前は西ドイツに属していました。ビュルテンベルクは、ヴュルテンベルクと表記することもあります。ドイツ語は全体的に、カタカナ表記のバリエーションが多いので、地名などの表記もかなりの揺れがあるケースが多いですね。
 この州は、かつてのバーデン大公国・ビュルテンベルク王国・ヘッセン大公国・プロイセン王国領ホーエンツォレルン州にあたる地域。ホーエンツォレルン州というのは、プロイセンの王位を継承していたホーエンツォレルン家が発祥した土地です。近世、神聖ローマ帝国の時代から続いていた王家であり、その後にオーストリア帝国を統治していた伝統ある家系――ハプスブルク家と激しく争い、最終的に勝利してドイツ帝国を手中に収めたプロイセン:ホーエンツォレルン家の血脈は、この地から始まったわけですね。
 ちなみにドイツの有名な森林であるシュバルツバルトは、ここバーデン=ビュルテンベルクに位置しています。


2.バイエルン自由州

 ドイツ南東部に位置する州で、スイスおよびオーストリアと隣接しています。州都はミュンヘンで、公用語はドイツ語とバイエルン・オーストリア語の2つですが。地理的にはドイツの東寄りにあることから誤解している人も多いですが、統一前は西ドイツに属していました。
 このバイエルン州は、ヴィッテルスバッハ家が統治していたバイエルン王国の版図をほとんど受け継ぐ形で存在しています。バイエルンは神聖ローマ帝国の七選帝侯を務めていた権威ある王国で、ドイツ地方でも有数の力を誇っていたのですが、内紛を繰り返していたことで、近代以降にはハプスブルクとホーエンツォレルンの二強に張り合うだけの力を完全に失ってしまいました。19世紀のドイツ統一においてプロイセン中心のドイツ帝国に編入されており、近代以降の歴史においては、ほとんどスポットライトを浴びる機会を得ることができていません。
 非常に独立志向の強い地域であり、ドイツに編入されてからも隙あらば独立しようと機会を窺っていたところがあります。実際、第一次大戦でドイツが敗戦した時にはバイエルン・レーテ共和国として一時的に独立したこともありました。(共産主義色が強かったこともあって、すぐに鎮圧されましたが)この傾向は現在でも根強く、バイエルンの住民は「ドイツ国民」というよりも「バイエルン自由共和国」としてのアイデンティティと強く持っているようです。


3.ザールラント州

 ドイツ南西部に位置する州で、フランスやルクセンブルクと隣接しています。州都はザールブリュッケン。
 石炭の埋蔵量が多かったことから、第二次大戦後はフランスの占領下に置かれました。フランスはザールラントを独立させて自国の利益に用いたいという思惑がありましたが、住民投票の結果で西ドイツ復帰が決まりました。


4.ラインラント=ファルツ州

 ドイツ西部の南よりに位置する州で、フランス・ベルギー・ルクセンブルクと国境を接しています。州都はマインツ。最近ではラインラント=プファルツという表記のほうが多くなってきているようです。
 州都であるマインツは、活版印刷の発明者であるヨハネス・グーテンベルクの出身地としても知られています。


以上、南ドイツの地理に関するお話でした。以降のページでは、北ドイツにある世界遺産について個々に見ていきたいと思います。神聖ローマ帝国時代からの歴史が息づくドイツを深く理解することは、ヨーロッパという地域の深淵へと繋がることでしょう。



※当ページで使用している画像はwikipediaからの引用です。
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